ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明 CREST 「脳と学習」領域 大隅プロジェクト
合冊記念対談 社会の中の脳科学 定藤規弘 × 大隅典子

Profile
定藤 規弘(さだとう・のりひろ)

自然科学研究機構生理学研究所 教授
1983年、京都大学医学部医学科卒業後、天理よろづ相談所病院において臨床研修。1988-1990年に米国メリーランド州立大学病院に留学。1990-1994年京都大学大学院博士課程(内科系核医学)修了(医学博士)。その間、1993-1995年に米国NINDS/NIH客員研究員。1995年、福井医科大学高エネルギー医学研究センター講師。1998年、同助教授を経て1999年より岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授。2004年、自然科学研究機構生理学研究所教授 (所属機関名称変更による)。現在に至る。専門領域は画像診断学、システム神経科学。著書に『脳はどこまでわかったか』(朝日選書、分担執筆)等多数。


脳画像を用いたヒト脳機能についての研究

大隅 定藤先生のご研究についてはこれまでも伺う機会があったのですが、今日はBrain and Mind掲載の対談ということで、どうぞ宜しくお願い致します。

定藤 私は機能的MRIという脳機能画像法の手段を使って、人間の高次脳機能を研究してきました。その研究対象はいろいろあるわけですが、私がはじめに興味をもったのは人間の手の動きでした。それをどうコントロールするかということを、いちばんはじめに研究しました。その過程の中で、点字を読むというのは非常に特殊な指の動きがあって、これをいろいろ調べていたわけです。

大隅 「点字を読む」というのは興味深いですね。

定藤 それで、はじめは指の動きのトレーニング効果を狙おうとしたのです。そうすると思わぬところで、点字でものを読んでいる触覚処理というのが実は視覚領域で行われることが見つかって、非常に大きな脳機能の再編成が起こったことがわかりました。そこで、感覚脱失に伴う脳の可塑性を調べ始めたわけです。
 視覚がなくなって触覚で代償するのと同じようなこと、例えば聴覚が失われた場合、視覚によって代償するというプロセスも当然考えられるので、聴覚障害における手話の理解がどのようになされているかを調べ始めたのです。

大隅 なるほど。

定藤 そうすると今度は、これはコミュニケーションに重要な役割がありますね。

大隅 本当にそうですね。

定藤 手話は言葉ですから。そうなると、対面のコミュニケーションのときに、我々はどのように感覚を使っているのか。この場合は、顔から出てくる音声や視覚情報を、我々の頭はどう統合しているのかという方向に興味が進んできた。
 そうして、コミュニケーションの中における複雑な人間の機能を調べてみるということになっていったのです。これは「社会能力」と言って、相手方から出てくる信号を使って、相手の意図なり心的状態を忖度するということをさします。この社会能力が人間の頭の中でどう表現されているかを調べているというのが、現在の段階です。
 特にこういう能力は人間が社会の中で生きるためにとても重要で、それにトラブルがある場合には非常に大きなハンディキャップになる。

大隅 そうですね。

定藤 そういうことがあって、現在は、このような社会能力がどのように育まれるのかというところまで話を進めていきたいということでやっています。

大隅 人の脳の機能を「画像」として見ることができるという科学技術の進歩は、大きな力がありましたよね。また一方で、一般の方々に脳を身近に感じていただく大きなきっかけになったのではないかと思っています。

定藤 そうですね。


日本の脳科学研究

大隅 先生からご覧になって、日本の脳科学研究はいかがでしょうか。世界の中での例えば日本の強さというか、そういったものについて、先生ご自身はどのようにお考えでしょうか。

定藤 研究人口からすると、今いちばん大きいのは国別でいうとアメリカだと思いますが、日本の神経科学の学会員の数は米国の10分の1ぐらい、量的には劣勢であるという印象はあります。
 私の研究分野の脳イメージングに関しては、世界的な潮流としては心理系の人たちの関与が非常に早くからあったのですが、日本はそれが比較的ゆっくりと起こっていった。

大隅 そうですね。心理学は大学の講座でいうと文系のほうですよね。私自身、高校のときに心理学にすごく興味があったのですが、両親ともに生物学者の家で、自分は理系だなと漠然と思っているところがあって、また遺伝子の研究が盛んになりつつある時期でもありましたから、理系に進学しました。文理の壁が日本では高いので、その壁を取り除くことができたらいいなと本当に思いますね。

定藤 そうですね。そこの部分が今後の課題になるかと思いますが、最近の若い人はあまりそういう垣根を感じさせないですね。

大隅 大学院の定員の枠が広がったことによって、文系の出身の方が医学系の大学院に進学していますし、そういった意味でこれからは少し広がるのかなと思います。

定藤 そうですね。そうなると、非常に期待できると思います。神経科学のフィールドと、心理学、教育学、経済学、政治学といったいわゆる人文系の学問との接点が重要になってくると思うのですが、この脳イメージング技術はおそらくその接点を形成できるのではないかと思います。


心と遺伝子

定藤 神経科学にしろ、生命科学の大きな枠組みの中で、マウスやラットでの知見が、人間のシステムレベルまでリンクできるかどうかが、今後の重要な課題になってくると思います。

大隅 リンクの場合の鍵になるのは、遺伝子ですね。例えばヒトとマウスのゲノムがどれだけ近いかということを考えると、同じ生き物としての基礎はしっかりあるのです。マウスはヒトと違って言葉を喋る訳ではありませんが、そのような違いを超えるための共通言語として遺伝子というものが大事であると思います。

定藤 脳機能ではマップという概念が重要だろうと思います。脳のマップ、要するに機能局在という意味ですが、これにはかなり相同性があります。

大隅 なるほど。そのマップは、遺伝的なプログラムにのっとっている部分がそれなりにありますからね。

定藤 ありますね。

大隅 もちろん身体が違う、それによって経験、行動が違う。そしてそれによって調整される部分はいっぱいありますが、その共通項の中にそういうのがあるでしょうね。

定藤 そうですね。


神経倫理の問題

大隅 脳のイメージングのご研究というのは、どうしてもヒトそのものを対象にされていることから、いろいろ倫理的な面が問題になるところがあると思うんですけれども、現状において例えばどういったことが問題なのか、少しお聞かせいただければと思います。

定藤 ポイントとしては、神経科学に限らないと思うのですが、倫理的なリテラシーが重要ではなかろうかというのが結論です。倫理的なリテラシーとは何かというと、難しい話はたくさんあると思います。
 これは別に人間を相手にする人だけではなくて、科学者全体にあたる話ではないかという気もしますが、それにもかかわらず神経科学に特有な部分もあるかと思います。
 要件としては三つあって、特に人間を相手にしている研究者の場合には、人権擁護の問題が1番目に重要で、2番目が社会からきちんと信任されること。それから3番目は社会とのコミュニケーションが不全になることを防ぐ。要件としては、この三つが重要かと思います。
 倫理リテラシーとは、この3つに集約される倫理問題についてきちんとした知識をもって、日常の研究にそれを適用できること。人権擁護においては、安全の確保、インフォームド・コンセント、プライバシーの三つが重要です。
 社会からの信任にも三つの重要な要件があって、一つは経済的サポート、研究の社会的意義、心と尊厳の関係です。
 経済サポートとは何かというと、我々は税金で研究させていただいているので、これは社会からの信託であるということです。社会からの信託を受けるというので、国家予算から来ているわけだけれども。

大隅 今いろいろ仕分けの問題が……(笑)。

定藤 大変ですね(笑)。
 その際に重要なのは、法令を遵守することで、施設ごとの審査機関によってきちんと担保する必要があります。

大隅 例えばインフォームド・コンセント的なものは、医学のほうでは比較的早く問題になり、いろいろなものが整備された。それで先ほどの理系、文系の話に戻ったりするのですが、心理学や文系のほうの方々がされるときも、ある程度は共通したというか、同意のやり方などが広まらないといけないということはありますよね。

定藤 そのとおりです。今はヒトを対象とした研究の一部である臨床研究に対する指針が出ていますので、基本的にはそれを踏まえたかたちで行うことが大切です。
 もう一つは、社会的意義です。脳科学は非常に大きな社会的意義があるのですが、それに関しては二つあります。一つは応用、もう一つはもっと基礎的なことで、すなわち、物事の見方を変えてしまう、パラダイムシフトということですね。どちらにしろ、社会的意義としてはこの二つが存在することを念頭に置いておくことは、研究者としては重要です。
 社会からの信任を受けるときに重要な要件として、心と尊厳の関係があります。心の存在する場所としての脳を研究しているわけですから、その結果がきちんと伝わらないと心に関して科学的にあまり根拠のない危惧を引き起しかねない。このような不安を起こすことがないかたちでの情報の伝達を心がける必要があるということです。
 もう一つ、実験事実なり科学的な事実が、特定の人の差別あるいは排斥に使われて、人権侵害を起こすことがないようにすることも重要だと思います。

大隅 一般の方の疑問として、マインド・リーディングとか、実際に応用面として、うそ発見器につながるようなことができるのかとか、それこそ裁判員制度になったときの証拠などへの応用とか、いろいろなことがいま言われていると思いますが。

定藤 そうですね。いくつか世界的には判例というか、実際に法廷にあがったケースがあるようです。fMRIなどのデータが証拠として使えるかという話ですね。
 こういうのは事例ごとに判例としての判断を積み重ねていくべきもので、いちどきに、これは使える、これは使えないというかたちでいっぺんに割り切れないところがあります。だから、慎重な対応が必要であることは間違いないと思います。特に人権侵害を生じることのないようにするということは、非常に重要なことです。
 もう一つ社会とのコミュニケーション不全で、ここには三つのポイントがあります。情報の拡大解釈、それから神経神話、そしてメディアです。
 情報の拡大解釈としては、不正確な情報、あるいは拡大解釈によって不正確になった情報が広がる。これは広がりやすい傾向はあるわけです。「できるだけ簡単に言ってください」ということはよくありますので。

大隅 そうなんですね。

定藤 そうすると、あまりよくないことが二つ起こります。一つは、神経科学そのものの信頼性に対する疑念が出てくる可能性があります。これは我々にとってはとても心外な話です。

大隅 そうですね。

定藤 それからもう一つは、そういうところから離れて、科学的に認められない、いわゆる俗説の発生が起こり得る。これは神経神話といわれます。

大隅 右脳人間などですよね(笑)。

定藤 そうですね。実際に、これはウェブで見ることができますが、神経神話というのはもともとOECDの造語です。日本語では似非脳神経科学という名前になっています。
 要因としては三つ言われていて、誤った解釈、過剰な単純化、それから動物実験に基づいたいわゆる大胆な推論です。例としては、例えば生後3年間の臨界期、我々は脳機能を10%しか使っていない。そして今おっしゃった右脳・左脳神話ですね。
 これは非常に詳しく解析されています。基本的には憶測であるというのが彼らの結論で、OECDのメッセージは科学と憶測をきちんと分離することが重要であるとなっています。

大隅 メディアの力は強いですから、我々が直接、市民に向かっての発信というよりも、あいだのところで拡大解釈されてしまうところがありますよね。

定藤 そうなんですね。メディアが一つ重要なわけですが、メディアにはもちろん研究成果を社会に周知するという重要な役割があります。これは彼らの役割なんですね。


科学者の役割は?

定藤 では、我々の役割は何か。一つ目はメディア、あるいはメディアが情報を周知する社会の特徴を知る必要がある。二つ目はメディアあるいは社会との相互コミュニケーションを図る必要がある。三つ目としては、成果を出すときに、我々は成果を出すのが重要な職務ですので、その成果を社会がどのように受け取るかを考慮して、メディアが最終的にどのようなかたちで社会に出ていくのかを考慮する。非常に難しいですけれども、こういう予測はある程度必要ではないかと思います。

大隅 そうですね。だから、論文などの考察でも、どこまで書くのかということは大事ですよね。

定藤 査読を通過する論文においては、あまりに大胆な推論は必ずチェックされますので、そういう枠組みの中ではよいのですけれども。

大隅 プレス発表とか。

定藤 そうですね。そこの部分は非常に注意しなければいけないと思われます。もちろん、相互コミュニケーションの中には、メディアのほうが、研究者が発している情報の「裏」をきちんと取っていただくことも必要かもしれません。ふつうの良心的な科学者は、きちんとデータが出たうえで、査読という形での他者のチェックが入って、ある程度確証されたデータを出しますね。

大隅 そうですね。

定藤 そして、プレスにも基本的にはそこを担保したうえで情報を出すのが良心的なサイエンティストだと思うのですが、必ずしもそういう行動をとらない人もいる。

大隅 そうですね。最近、特に多くなったのは、日本神経科学学会も大会のときに、その発表をプレスリリースするというかたちを始めましたので、そこはまだ世界の科学者コミュニティの中で認知されていないかもしれない状態のものを出しているというかたちになりますよね。

定藤 こういうのは個人レベルでの役割もあるでしょうし、研究者コミュニティという、もう少し大きなシステムでの役割も考える必要があるかと思います。

大隅 そうですね。でも、私たちの研究というのが現時点において、それは自分のポケットマネーでやっているわけではなくて、基本的には国民の税金をもとにした国のお金として、かなりの部分がサポートされている。そういうことを考えたときの研究者コミュニティの役割は非常に大事ですね。

定藤 そういうことですね。そのようなことで、研究者もこういう点はきちんと押さえたうえで、日々の研究にそのリテラシーをきちん適用していくことが大事ではないかと考えています。日本神経科学学会では以上のことを学会指針で明らかにしています。


子どもの脳の発達についてのコホート研究

大隅 わかりました。ありがとうございます。では次の話題に移らせていただきたいと思います。先生ご自身が関わってこられた子どもの脳の発達についてのコホート研究についてお願いします。

定藤 もともとJSTのプロジェクトで、脳科学と教育、あるいは脳科学と社会というプログラムの中で、「すくすくコホート」という発達コホート研究が行われました。子どもが生まれてから、そのあとをずっと前向きに経時的に追いかけて、そのときに育ちがどうなるかということを調べる。諸外国では比較的よくされる研究ですが、国内では非常に少ないです。

大隅 少ないのは、どういったことが原因でしょうか。

定藤 一つは制度的な問題もあるかもしれませんが、発達コホートは時間がかかるんですね。

大隅 そうですよね。何年にもわたって、フォローアップしていかないといけないですよね。

定藤 非常に長いあいだ時間がかかるわりには、初期にはなかなか研究成果にならないので、研究費が続かないんですね。それで、これは決して国内だけではなくて、世界的にもそうです。何とか生き残るように、みんな四苦八苦しながらそういうコホートを続けていくということですが、今まで発達コホートに関しては、あまり大規模なものは国内ではないです。
 コホートというのは人間を直接的に扱うので、その結果は政策的な決定に科学的な根拠として使われることが多いといわれています。例としてあるのは米国における発達コホートで、そのときの問題設定は何かというと、お母さんは家にいるべきかどうかという話です。これは1990年前後に重要な問題になったことで、お母さんが家にいないといけないとなると、そのころから女性の職場への進出ということがあって、「保育所に預けても大丈夫なんですか」という発想ですね。

大隅 なるほど。だから、そのような研究があって、いま米国ではデイケアなどが非常に先に進んだと。

定藤 はい。そのときは1991年から、1400人ぐらい(正確には1364人)のコホートがされていました。結論から言うと、「差はありません」ということです。子どもの発達に大きな影響のある要因というのは家庭の要因であって、保育とか外側の要因は非常に小さいことがわかっています。これがまず一つ。ただし、その小さい要因の中でも保育の質が多少の影響を及ぼすことも事実であります。
 もう一つはっきりしたことは、保育の質そのものは保育士一人あたりの子どもの人数によって決まる。そうすると結論としては、国としてできることは、保育士の数を増やすことで、そういう意味では政策にきちんと反映されるかたちで結論が出たということです。

大隅 この研究はNIH(米国国立衛生研究所)のサポートですか。

定藤 NICHD(米国国立小児健康疾病研究所)の支援です。これは準備、つまり何を計測して、どういうチームを選んで、どういう結論を出すのかというデザインの部分に5年かかっています。

大隅 それは単に議論するということだけではなく、何か小規模に研究するのですか。

定藤 そうですね、この場合では、約10カ所の発達を追いかけられる専門家がNICHDから研究費をもらい、今後長期コホートをやるけれども、どういうデザインでやるか、しっかり話し合いましょうと、集まってやり始めるわけですね。一人の人間に対して計測できる数には限りがあるので、最終的に何を知りたいかということに対して、何を測っておかないといけないか、計測手段はきちんと検証が済んでいるかとか、そのような評価も全部したうえでスタートしたわけです。
 これは3年間ぐらいで評価をされていて、何とか3年いけたから、その次にいきましょうというかたちで、竹の節みたいに継ぎ足した感じでずっとやっておられたようです。だから、そのたびごとにだいたいの結果が出て、順々にそのデータは公開されています。そしてこの種のデータを解析できる専門家に対しては、世界中からアクセスが可能になった。
 このコホート研究は、まだ続いているはずです。90年代初期に開始されたので、そのときのお子さんは今ちょうど思春期ぐらいになっていますか。人数はそんなに多くなくて1400 人ぐらいですが、数年前に調べたときには、十数年で80%ぐらいの方をまだ追跡できているということで、ものすごく高い維持率です。ただ、こういう維持率を確保しようと思うと、ものすごく人手がいるといわれています。

大隅 人手というのは、どういう意味ですか。

定藤 いろいろなテストを何年かおきにやるので、この人たちを追跡するため、あるいは、テストをするための人手が必要ということで、コホートは追跡するための人手がものすごく必要です。
 僕もコホートのことはもちろん知らなくて、イメージングをやりたいという話で呼ばれたわけですが、そのときに皆さんと一緒に勉強をしたら、大変な仕事だなということはよくわかりました。


コホート研究の重要性

定藤 先行しているコホート研究は、強力な手法を用いた貴重な成果なのですが、その時点では十分に検討されていなかったいくつかの測定項目があって、その一つは生物試料です。遺伝子であるとか、さまざまな生体試料が採られていない。生まれてからずっと先までの人生の全部を見るということから考えると、生物学的基盤があるかどうかは非常に大きなことであると思います。

大隅 そうですね。

定藤 それからもう一つは、発達で何を見るかというと、体がちゃんと育っているというのは、比較的見やすい測定項目ですね、身長とか体重とか。でも、JSTのコホート研究のときに見ようとしていたのは、社会能力なんです。
 どこに問題意識があったかというと、子どもに接する専門家から見て、ちょっと気になる子が増えている印象がある。ちょっと気になるというのはどういうことですかと聞いても、これがなかなかはっきりしない。でも、結局いろいろ議論してわかったことは、対人能力に何か問題があるのではなかろうかということです。それはいったい何であるか。そして、もしそれが増えているというのだったら、その原因は何か。こういう問題設定だったわけです。

大隅 なるほど。

定藤 そういう意味では、社会能力発達の軌跡を知りたいということがまず一つ目にあり、それに対して、影響を及ぼすような因子は何かというのが問題意識です。結局は、環境が何らかの影響を及ぼすだろうということだけれども、環境の定義からして、これまた大変です。

大隅 そうですね。

定藤 実際にお話を聞いてみると、大変なことがいっぱいあるということがよくわかったのですが、そのなかで脳イメージング手法がどういう役割を果たし得るか、それを考えることが私に与えられた役割だったわけです。イメージングを使うと良い点というのは、心理学的なモデル、あるいは発達心理学的なモデルを構築する際に、重要な足掛かりを与えるということが、まず一つにあると思います。
 米国では自閉症の大きな研究プロジェクトがなされていますが、そこではイメージングや神経科学の研究者が入ってきて、さまざまなチームで社会能力はいったいどうやってできあがってくるのか、発達の過程も含めて総合的にアプローチしましょうというのが、今は一つの潮流になっています。
 そういう意味では、我々のコホート研究は少し先駆的ではあるんですけれどもね。

大隅 でも、これだけゲノムの解析のスピードと精度が上がってきていることを考えると、血液サンプルも取っておかれると良かったですね。

定藤 そのとおりです。そういう意味では、こういうコホート的な研究は重要な財産になる。それは国としての財産になります。そして、世界中のリサーチャーに対するリソースにもなる。
 そして、これはもう一回、話は回ってくるわけで、日本人の生涯にわたる心身の発達過程をよその国の人たちが一生懸命研究してくださったら、その利益は直接、日本国民に返ってくるんですね。

大隅 なるほど。

定藤 だから、コホート研究というのは、いくつもの意味で重要であると考えられています。そういう長期的なデータの集積というのは意図があって、長期的なコホートを継続的にやるのはとても大事なことだと思います。でも、こういうのは実はひと世代で済まなかったりするんですよね。そういう意味では制度的なサポートが重要かなと思います。もちろん、個々の研究者の情熱はものすごく重要なんだけれども、それを受け止められるような制度が今後は必要になってくると思います。

大隅 こういうものこそ、国の税金を使って絶対にやらなければいけないことだと思いますね。日本では一般的な研究費での支援が例えば3年なり5年なりということなので、3年なり5年が終わる時点で先が見えない。下手すると、もう打ち切りというかたちになってしまいがちですね。

定藤 ええ、そこは喫緊の問題かなと思います。

大隅 例えば先ほど血液サンプルの話をさせていただきましたが、子どものコホートの場合には、本人の意思ではなくて、親御さんの意思でインフォームド・コンセントを取るかたちになりますね。

定藤 そうですね。

大隅 なぜ私がご質問したかというと、日本の方は遺伝子とかそういったものを調べられることに対して、何となく抵抗感が大きくて、最初の母集団が少なくなってしまう可能性があるのではないでしょうか?

定藤 いろいろな要素があると思いますが、きちんと説明していくことが大事なのではないかと思います。

大隅 そうすると、一つの遺伝子で何かすべてが決まってしまうわけではないとか、遺伝子の働き方そのものがいろいろな環境の影響によっても変わったりするなど、そういったことの理解も必要ですね。

定藤 倫理リテラシーをしっかり持って、そして信頼していただくということ。相互信頼の形成がいちばん重要だと思います。また、参加してくださった方と一緒に研究を進めていきましょうと、そういう姿勢が大切だと思います。

大隅 それは大事ですね。

今日はどうもありがとうございました。


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