ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明 CREST 「脳と学習」領域 大隅プロジェクト
研究紹介

生後脳におけるニューロン新生

生後脳におけるニューロン新生部位 脳を構成する細胞、すなわちニューロンやグリアは、もともと神経管の内側の脳室帯に存在する未分化な神経幹細胞が増殖・分化することにより産生されます。このようなニューロン新生は胎生期に爆発的に起きますが、生後脳においても側脳室前方上衣下層(SVZ)および海馬歯状回顆粒細胞下層(SGZ)などの特定の部位で生じています(図1)。マウスやラットの成体脳では一日あたり、SVZでは約8万個、SGZでは約9千個のニューロンが生まれますが、これらすべてが生存するのではなく、多くは1週間以内に細胞死を起こします。SVZで産生された新生ニューロンは分裂しながら、rostral migratory stream (RMS)と呼ばれる長い経路をさらに前方の嗅球へと移動し、約4週間かけて最終的に顆粒細胞および傍糸球体細胞に分化します。SGZで産生された新生ニューロンは、ただちに顆粒細胞層へ移動する。これら新たに産み出されたニューロンは、実際に神経ネットワークに組み込まれて機能します(図2)。

新生ニューロンの神経回路への組み込みニューロン新生には様々な分泌因子(BDNF, FGF, EGF, Shhなど)が影響を与えることが知られています。またリチウムは気分安定薬として用いられ、Wntシグナル経路およびイノシトール3リン酸経路の要として抑制性に働くGSK3βという酵素を阻害するのですが、リチウム投与によってニューロン新生が増加することがラットを用いて報告されています。さらに、マウスを適度な刺激のある環境(玩具のある広いケージや、毎日異なる匂い刺激を与えるなど)で飼育すると、ニューロン新生が増加することが報告されています。逆に、ニューロン新生は過ストレス状態において低下します。ニューロン新生には多様な遺伝的(内在的)因子がかかわるだけでなく、様々な外的環境要因も大きな影響を与えうるのです。

ニューロン新生と脳の高次機能

ニューロン新生と脳の高次機能との関連については、カナリアの雄が生殖シーズンに新しい歌を学習する際に、脳の特定の部位でニューロン新生が生じているということが古くから知られていました。哺乳類では、細胞分裂阻害剤をラット脳内に投与すると、海馬依存的トレース記憶が著しく低下することが2001年に示され、さらに、ニューロン新生が海馬依存的な空間認知学習や鬱状態に影響を与えることもマウスを用いて示されました。また、海馬特異的に放射線照射を行うと、増殖が盛んである神経幹細胞のDNAが損傷を受けることにより、ニューロン新生に障害が生じますが、このようなマウスでは抗うつ剤の抑うつ効果が非常に減弱します。ごく最近では、生後すぐに母親と隔離する時間の長いラットでは、成体になってからニューロン新生が低下し、ストレスに対する反応が変わることも報告されています。このように、生後脳におけるニューロン新生が脳の高次機能に深く関わることが明らかになりつつあります。

プロジェクトの目指す方向 (図3)

上記のような背景をもとに、私たちはニューロン新生の分子基盤(つまり遺伝的プログラム)を明らかにし、新生ニューロンが脳の中でどのように機能しているかを追求します。また、ニューロン新生が動物の行動にどのような影響を与えるか、どのような環境因子(とくに栄養因子)がニューロン新生に良い影響を与えるかについて調べます。さらに、ヒトの遺伝学的情報と照らし合わせることにより、精神疾患発症に関わりうる遺伝子群を解明したいと考えています。

プロジェクトの目指す方向
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