ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明 CREST 「脳と学習」領域 大隅プロジェクト
平成19年2月15日
独立行政法人理化学研究所

統合失調症の発症関連遺伝子群を日本人で発見
- 統合失調症の病因解明・治療に新たな道 -

本研究成果のポイント

  • 2つの人種で発見されていた原因遺伝子を日本人でも確認
  • カルシニューリン系遺伝子に新たな原因遺伝子を世界で初めて見出す
  • 統合失調症の発症原因の解明や新たな治療薬の開発にも期待高まる

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、幻覚や妄想などの症状を起こす精神疾患の一つである統合失調症※1の発症に関与している遺伝子群を発見しました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)分子精神科学研究チームの山田和男研究員、吉川武男チームリーダー及び理研-MIT脳科学研究センター※2(利根川進センター長)による共同研究グループの成果です。

統合失調症の発症には、いくつもの遺伝子と環境要因などが複雑に関与し、また人種によっても危険因子が異なる可能性があります。中でもカルシニューリン※3系遺伝子は、これまでの研究から人種を超えた共通の原因遺伝子と考えられています。研究グループでは、日本人における統合失調症患者家系(124家系)の協力を得て、カルシニューリン系遺伝子を網羅的に解析し、統合失調症に関与するカルシニューリン系遺伝子を複数同定することに成功しました。そのうちの1つの遺伝子(PPP3CC遺伝子)は、これまで2つの人種で確認されていたものです。今回、新たに日本人でも、その関与が明らかになったことにより、人種を越えた共通の原因となる統合失調症の候補遺伝子と考えられます。さらに、PPP3CC遺伝子とは独立して、転写に関与しているEGRファミリー遺伝子※44つのうち、3つの遺伝子が統合失調症の発症に深く関与していることを世界で初めて突き止めました。

カルシニューリン自体は、中枢神経系に多く発現している酵素です。カルシニューリンは、統合失調症により変調が示唆されている“ドーパミン神経伝達※5”や“グルタミン酸神経伝達※6”を調整する作用があります。カルシニューリン系遺伝子群が疾患に関与しているという新たな発見は、今までの統合失調症に関する知見を包括的に説明できる可能性を秘めています。また、今回の成果を踏まえ、カルシニューリン伝達系を標的とした、統合失調症の新たな治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のオンライン版(2月20日付)に掲載されます。

1.背 景

統合失調症の発症には、複数の効果の弱い遺伝子群の複雑な相互作用が関与していると考えられており、今までの研究から人種・民族間ではその組み合わせが異なる可能性も示唆されています(遺伝的異種性)。これまで、疾患に関連する候補遺伝子としていくつかの遺伝子が単独で報告されていますが、それぞれの研究で単独で見つかった遺伝子間の相互作用などは明らかになっていません。また、主に薬理学的研究から統合失調症の発症にはドーパミン神経伝達系及びグルタミン酸神経伝達系が関与していると考えられてきました。しかしながら、これらの神経伝達系の異常を包括的に説明する知見は得られていません。

カルシニューリン(Calcineurin: protein phosphatase 2B)は、神経系では非常に重要な情報伝達機能を果たしており、記憶や神経細胞死などでの研究が進んでいます。理研-MIT脳科学総合研究センター(米国)のセンター長である利根川進MIT教授らのグループは、カルシニューリンが生体内で果たす役割に注目し、カルシニューリン系遺伝子を欠損したマウスを用いて研究を進めてきました。その結果、2003年、カルシニューリン系遺伝子欠損マウスには行動異常※7が見られ、その特徴が統合失調症の行動パターンと酷似していることを突き止めました。さらにマウスで得られた知見を基に、統合失調症患者の遺伝子を解析したところ、世界で初めてカルシニューリン触媒サブユニットの一つであるカルシニューリンAγサブユニットをコードするPPP3CC遺伝子の変異が、統合失調症に関与している可能性があることを明らかにしました。

カルシニューリンは、神経系では発現が強く、非常に多彩な機能を持つと考えられています。特に統合失調症において興味深いことは、カルシニューリンがドーパミン神経伝達系とグルタミン酸神経伝達系の下流に位置しており、双方の情報伝達を収束し、他の情報伝達系に橋渡しする役割を果たしている可能性がある点です。

これらの知見を踏まえ、研究グループでは、日本人の統合失調症罹患者でカルシニューリン関連遺伝子群の研究を行いました。

2.研究手法と成果

(1)カルシニューリン関連遺伝子のスクリーニング

研究グループでは、まず始めに日本人統合失調症患者家系(124家系)を対象に、14個のカルシニューリン神経伝達に関与する遺伝子群*(図1)に存在する84個の一塩基多型(SNP)を用いて、網羅的な解析(伝達連鎖不平衡テスト)を行いました。その結果、14個のカルシニューリン系関連遺伝子のうち、統合失調症患者とPPP3CC(染色体位置: 8p21.3)、 EGR2 (同:10q21.3)、 EGR3 (同:8p21.3)、 EGR4(2p13.2)の4遺伝子に関連性があることが見出されました(図2)。さらに統合失調症罹患者の死後脳を調べたところ、EGR1、EGR2、EGR3遺伝子の発現が前頭前野皮質で減少していることが確認できました。死後脳におけるこの変化は、気分障害※8罹患者の死後脳では見られませんでした。

これらの結果は、日本人統合失調症罹患者において、カルシニューリン神経伝達系の4つの遺伝子の関与を示唆するものです。PPP3CC遺伝子については、利根川教授らの研究により白人系アメリカ人、アフリカ系アメリカ人で確認されており、日本人でも統合失調症との関連が見出されたことから、人種、民族を越えた共通の原因となる統合失調症の候補遺伝子と考えられます。さらに、転写に関与するEGRファミリー遺伝子に属する4つの遺伝子のうち3つの遺伝子で統合失調症との関連性が世界で初めて発見されたことにより、EGRファミリー遺伝子群が何らかの役割を果たしていると考えられます。

*14個のカルシニューリン系関連遺伝子
PPP3CA、 PPP3CB、 PPP3CC、PPP3R1、 PPP3R2、 EGR1、 EGR2、 EGR3、 EGR4、 PPP1R1B (DARPP32)、FKBP5 (FK506 binding protein 5)、FKBP1A (FK506 binding protein 1A)、RYR3 (ryanodine receptor 3)、CDK5 (cyclin-dependent kinase 5)

(2)PPP3CC遺伝子およびEGRファミリー遺伝子群の統合失調症との関連

EGRファミリー遺伝子の中でも、EGR3遺伝子は、従来の連鎖解析研究で、統合失調症の候補遺伝子の存在が強く疑われていた染色体8番短腕に存在しており、PPP3CC遺伝子からはわずか(252 kb)しか離れていません。強い連鎖領域には複数の関連遺伝子が存在し、さらにそれらが機能的に関係している可能性があります。そこでPPP3CC遺伝子とEGR3遺伝子がそれぞれ独立して疾患発症のリスクに寄与しているのか、あるいは2つの遺伝子の効果は区別できないのかどうか調べるため、この領域(8p21.3)の関連シグナルを詳細に解析しました。

まず始めにPPP3CC遺伝子およびEGR3遺伝子を含む染色体8番短腕(8p21.3)領域(564 kb)について、49個のSNPマーカーを用いた詳細な連鎖不平衡・関連シグナルの検討を行いました。その結果、PPP3CC遺伝子とEGR3遺伝子は異なる連鎖不平衡領域に存在し、それぞれに独立した関連シグナルであることが確かめられました(図3)。さらに、PPP3CC遺伝子領域に強い関連シグナルがある家系を除外した再解析では、EGR3遺伝子領域により強い関連シグナルが検出されました(P=0.0004)。これらのことから、2つの遺伝子はそれぞれ別に統合失調症発症リスクに寄与していることが示されました。

次に、統合失調症罹患者の死後脳でのEGRファミリー遺伝子のメッセンジャーRNAの発現についてquantitative RT-PCR アッセイ法※9を用いて調べました。調べた脳部位は、統合失調症で機能異常が示唆されている背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex, DLPFC, Brodmann’s area 46)です。その結果、統合失調症ではEGR1、EGR2、EGR3 遺伝子発現が有意に減少していることが確認できました(図4)。

一方、PPP3CC 遺伝子発現には、統合失調症罹患者脳と対照者脳との間に差はみられませんでした。また、EGR4についてはこの部位での発現量が少ないため、信頼できるデータが得られませんでした。

(3)EGR3遺伝子に存在する多型の検討

関連シグナルおよび遺伝子発現の結果から、EGRファミリー遺伝子は有力な統合失調症関連候補遺伝子であると考えられ、特にEGR3遺伝子については関連シグナルの強さと染色体上の位置から注目に値すると考えられます。そこで、EGR3遺伝子の全遺伝子領域(約10 kb)について、統合失調症患者のDNAサンプルを用い、塩基配列の再確認(リシークエンス)を行いました。その結果、これまで未報告であったものも含め15個の遺伝子多型(SNP)を同定しました。中でも遺伝統計解析に適すると考えられた6個の多型について関連解析を行ったところ、イントロン1に存在するIVS1+607A>G(イントロン1の607番目の塩基がアデニン〔A〕もしくはグアニン〔G〕)について最も強いシグナルを検出しました(図2)。さらに、この領域のハプロタイプ※10解析(連鎖不平衡にある変異の組み合わせでの検討)を行い、危険因子および防御因子となるハプロタイプを決定しました(図5A)。

次に、関連シグナルが他の日本人統合失調症罹患者群でも再現されるのかを確認するために1,140人の患者および健常者との比較研究を行い、IVS1+607A>Gおよびハプロタイプにおいて、家系サンプルと一致した関連シグナルを検出しました。

IVS1+607A>G 多型は、イントロン1に存在し、イントロン1はタンパク質をコードしないにもかかわらずマウスからヒトまで非常によく塩基配列が保存されています。このことは、イントロン1が機能的に重要であることを示唆しています。そのため、問題の多型が遺伝子発現にどのような影響を与えるかを調べるため、神経由来の細胞株を用いたルシフェラーゼアッセイ※11を行いました。その結果、イントロン1領域にはエンハンサー活性があり、塩基としてグアニン(G)を持つ配列はアデニン(A)を持つ配列よりも高い転写活性を示しました(図5B)。統合失調症では、対照群に比べてアデニン(A)を持つ人が多く、そのためEGR3遺伝子の発現が脳内で減少していることが推察されます。

3.今後の期待

統合失調症はいくつもの遺伝子と環境要因などが複雑に関与して発症すると考えられていますが、詳しいことはよくわかっていません。今までの研究では、グルタミン酸受容体とドーパミン受容体を介したシグナル伝達系の2つのカスケード※12の機能異常が重要であると考えられてきました。今回、得られた研究成果は、第3のカスケードとして新たにカルシニューリン神経伝達系が統合失調症に重要な役割を持っていることを提唱するものです。さらに単独の遺伝子ではなく、同じ神経伝達系内の複数の遺伝子の関与を示したことも注目に値します。

またカルシニューリンは、今まで指摘されていたシグナル伝達系の下流で重要な役割を担っていることから、病気の原因を探る病因論的にも興味が持たれます。今後は、“これらの神経伝達系がどのように関連して統合失調症に関与しているか”、あるいは“各シグナル伝達系と統合失調症の諸特徴とは関連があるのかどうか”などを明らかにする研究が必要です。カルシニューリンは、中枢神経系に多く発現している酵素であり、グルタミン酸神経伝達系やドーパミン神経伝達系以外にも、統合失調症関連遺伝子として注目を浴びているニューレグリン1※13AKT1/GSK3β※14などの神経伝達系とも関連があります。これらの知見を統合すれば、統合失調症のメカニズムを包括的に説明できる可能性があります。

さらに、これまで統合失調症の治療薬はほとんどがドーパミン系神経伝達をターゲットにして開発されてきましたが、薬の効果が出にくい統合失調症患者もいました。今後は、カルシニューリン神経伝達系を標的とした新たな治療薬が開発されることによって、多くの統合失調症患者さんの予後が改善されることが期待されます。

(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 分子精神科学研究チーム
チームリーダー  吉川 武男(よしかわ たけお)
TEL:048-467-5968 FAX:048-467-7462
脳科学研究推進部   嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9596 FAX:048-462-4914
(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

補足説明

※1 統合失調症

統合失調症は人口の約1%が罹患する精神疾患で、思春期・青年期に発症することが多い。幻覚や妄想、思考の障害、自発性の低下、感情の平板化などを主要な症状とし、社会的機能低下も問題となる。統合失調症の発症には、他の多くの精神疾患と同様に複数の遺伝的要因と環境要因が複雑に相互に作用していると考えられているが、発症への個々の遺伝子の関与は小さいと考えられ、遺伝子解析でも再現性のある知見は限られているのが現状。これは、1つには人種・民族によってリスクとなっている遺伝的要因が異なっていることが関係していると思われる。

※2 理研-MIT脳科学研究センター

理化学研究所とマサチューセッツ工科大学(MIT)との連携研究の拠点。1998年に設立された。同センターの研究目的は、小脳、大脳及び海馬における記憶・学習のメカニズムを解明することにあり、それぞれの部位の機能が統合した脳全体における記憶・学習システムを明らかにすることを目指している。現在、6チームが活動中。

※3 カルシニューリン

カルシニューリンは、カルシウム/カルモジュリン(Ca2+/ calmodulin)依存性のセリン/スレオニン脱リン酸化酵素で、触媒作用を持つカルシニューリンA(CnA)と制御サブユニットであるカルシニューリンB(CnB)からなるヘテロ二重体タンパク質。リンパ球の活性化に必須であり、その阻害薬であるシクロスポリンAやFK506は免疫制御剤として使われている。細胞死を始めとした細胞内機能を制御する新たな情報伝達系としての研究が進められており、最近では脳や心臓での役割が注目されている。中枢神経系では、神経可塑性や、神経成長因子(BDNF)の作用に必須であり、特に興奮性神経細胞死は、虚血性脳疾患(脳梗塞や脳出血など)やアルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患においても重要であることから、これら疾患の治療戦略の標的としても期待される。

※4 EGRファミリー遺伝子

前初期遺伝子群(immediate early genes:IEGs)に属する核タンパク質であり、「転写調節因子」として機能する。前初期遺伝子群の中ではC2H2型ジンクフィンガー(zinc finger)ファミリーに属し、現在までにEGR1、 EGR2、 EGR3、 EGR4の4種類が知られている。細胞分裂・分化に重要な機能を果たしており、EGR1は、癌抑制遺伝子としても知られる。また、EGR2の特定の変異は常染色体優性遺伝である神経疾患のシャルコーマリートゥース病1型(Charcot-Marie-Tooth disease, type 1)を引き起こす。EGR3は、生体リズムや筋肉の発達にも重要な役割を果たしている。

※5 ドーパミン神経伝達

ドーパミン(dopamine)は、中枢神経系に存在する神経伝達物質で、運動、情動、報酬などの重要な高次脳機能を調整している。大脳基底核や中脳辺縁系ニューロンのドーパミン過剰が統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)に関与しているという仮説があり、さらに強迫性障害、トゥレット症候群、注意欠陥多動性障害(ADHD)においてもドーパミン神経伝達の異常が示唆されている。

※6 グルタミン酸神経伝達

グルタミン酸は、アミノ酸の一種であるとともに、哺乳動物の中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質である。記憶、学習の細胞レベルでの基盤と考えられているシナプス可塑性や、発達期の神経回路網の形成、さらには神経細胞死などに関与していることが知られている。統合失調症においては、グルタミン酸作動性神経系の前シナプス機能およびNMDA受容体を介する細胞内シグナル伝達の低下が示唆されている。また、NMDA受容体阻害剤であるPCP(フェンサイクリジン)の乱用は、統合失調症類似症状を引き起こすことが知られている。

※7 カルシニューリン系遺伝子欠損マウスの行動異常

カルシニューリンの制御サブユニットCnBを前脳特異的に欠損するマウス(CNミュータントマウス)では、行動解析から、統合失調症患者に見られるいくつかの症状と一致する障害が報告されている。CNミュータントマウスでは、海馬錐体細胞の樹状突起の形態異常など、統合失調症の神経発達障害仮説とも一致した特徴が報告されている。

<統合失調症患者に見られる症状と一致する障害>

  • 作業記憶(ワーキングメモリー)の障害
  • 自発性の亢進(こうしん)
  • 社会的行動の障害(他のマウスとの接触が減少することなど)
  • プレパルス抑制(prepulse inhibition: 突然の刺激があると通常驚愕反応が起こるが、直前に弱い刺激があると驚愕反応が抑制される現象)の低下
  • レイテント抑制(latent inhibition: 経験的に不必要な刺激を無意識にシャットアウトする現象)の低下
  • NMDA型グルタミン酸受容体の競合的阻害薬MK-801で惹起される自発運動の亢進
※8 気分障害

気分障害は、統合失調症と並ぶ2大機能性精神疾患の1つとされている。文字通り気分の変調をきたす疾患で、病的という場合、変調の程度(重症度)、持続期間などが考慮される。経過を通して抑うつだけが見られる場合は、うつ病という。うつ病性障害では、気分が落ち込む「抑うつ気分」や何をしても興味が持てない「興味や楽しみの喪失」のために非常な苦痛を感じて、日常生活に支障が生じる。生涯発症率は、男性よりも女性で高い傾向がある。先進国では10-20%、あるいはそれ以上であると報告されている。経過中にうつ状態だけでなく、躁状態が現れる気分障害は、躁うつ病(双極性障害)といわれている。躁状態では、非常に元気が良くなって何でもできると思い込むようなったり、気分爽快で自分ひとりで何でもどんどんできるように感じられたりする。躁うつ病の生涯発症率は、性別や地域にあまり影響されず、1%弱であるといわれている。

※9 quantitative RT-PCR アッセイ法

逆転写反応(RT: reverse transcription)とポリメラーゼ連鎖反応(PCR)とを組み合わせた遺伝子発現の定量法。mRNAから逆転写された鋳型となるDNAの増幅を経時的(リアルタイム)に測定することで、増幅率に基づいて細胞や組織内の少量のmRNAの定量を行なうことができる。

※10 ハプロタイプ

遺伝的に相互に強く関連している近傍の遺伝多型群のひとまとまり。単独の多型(SNP)だけでなく、ハプロタイプを調べることにより、疾患の原因となる遺伝的要素の構造がより詳細に分かる。

※11 ルシフェラーゼアッセイ

細胞での転写活性測定法。遺伝子の転写活性は、定量性に優れたレポータータンパク質(ルシフェラーゼ、CAT、βガラクトシダーゼなど)に置き換えて測定することができる。転写調節機能(プロモーター/エンハンサーなど)の機能解析では、ルシフェラーゼは最もポピュラーなレポーターとして広く使用される。実験では、目的のプロモーター領域のDNAをレポーター遺伝子につないだプラスミド(luciferase reporter)を培養細胞に強制発現させ、レポーター活性からプロモーターDNAの転写活性を測定する。

※12 カスケード

あるシグナル分子の情報が、他の特定の細胞のシグナル伝達系に伝えられて、連鎖的に特定の遺伝子機能の活性化、不活性化を引き起こしていくことを指す。細胞内外の情報伝達では、多くのシグナル分子が複雑な情報ネットワークを形成する。そして、シグナル分子は、カスケード(連鎖的調節機構)を形成し、多様な反応を引き起こしていると考えられている。

※13 ニューレグリン1

ニューレグリン1(Neureglin1)遺伝子は、シナプスやグリアの分化・発達に必須なタンパク質をコードする。例えば、ErbB受容体を介するシグナル伝達系により、神経発生におけるミエリン形成過程に重要な役割を果たす。また、未分化な筋細胞から神経筋接合部が形成される際には、ニューレグリンによってEGR3の発現が誘発されることが知られている。2002年に、アイスランドの家系解析で統合失調症との関連が報告され、以後、他の人種・民族でも相次いで関連が確認された。さらに、遺伝子改変マウスでも、認知・行動異常、NMDA受容体の減少など、統合失調症との類似が報告されている。

※14 AKT1/GSK3β

AKT1/GSK3βシグナルカスケードは、セロトニン受容体、ドーパミン受容体などの細胞機能の制御に重要な役割を果たしている。AKT1遺伝子(セリン/トレオニンタンパク質リン酸化酵素をコードする)は、統合失調症との関連が報告されている病因候補遺伝子であり、統合失調症患者ではAKT1の活性レベルが低く、AKT1を欠くマウスは相対的にアンフェタミン(統合失調症類似症状を起こす薬剤)の影響を受けやすい、などの報告がある。GSK3b(グリコーゲン合成酵素リン酸化酵素)は、AKT1によってリン酸化され、不活性化される。


図1
図1 カルシニューリン系分子ネットワーク
 

カルシニューリン遺伝子群は、細胞内でEGR遺伝子ファミリー群と密接な機能的つながりがあり、全体で1つのシグナルネットワークを形成している。またこのネットワークは、統合失調症の病態と関連があると言われているNMDA型受容体遺伝子群、統合失調症の感受性遺伝子として報告されているニューレグリン1(NRG1)、AKT1遺伝子にもつながっている。


図2
図2 EGR 遺伝子ファミリー群の関連解析結果
 

EGR遺伝子ファミリー群は、EGR1、 EGR2、 EGR3、 EGR4の4つが知られている。今回の研究から、3つのEGR遺伝子(EGR2、EGR3、 EGR4)が遺伝統計学的に統合失調症に関連があることが判明した。黄色で強調した多型が、遺伝統計的に有意に関連していた(P < 0.05)多型(SNP)。それらの中でも、特にEGR3遺伝子のイントロン1に存在するIVS1+607A>GというSNPが一番強い有意を示した(統合失調症の人では、対照群と比べてIVS1+607Aが多くみられる)。EGR3遺伝子のイントロン1の塩基配列は、マウス、ラットなどと進化上よく保存されており、機能的に重要な役割を担っていることが予想される。図中、ボックスはゲノムDNAからメッセンジャーRNA(mRNA)に転写される部分、その中で黒いボックスはmRNAからタンパク質に翻訳される部分を示す。EGR3遺伝子のイントロン1の部分は、太い青線で印をつけてある。


図3
図3 染色体8番短腕8p21.3領域の詳細な遺伝解析

上段は染色体8番の模式図。中段は、染色体8番短腕8p21.3領域に載っている遺伝子群(個々のボックスが1つ1つの遺伝子を示す)。下段が統合失調症に関連する統計的有意差(P値)のマイナスロッグをプロットしたもの。染色体8番短腕8p21.3領域(564.3 kb)を49個の一塩基多型(SNPマーカー)で調べたところ、PPP3CC遺伝子とEGR3遺伝子が独立に統合失調症発症のリスクとして寄与していることが判明した。


図4
図4 統合失調症罹患者の死後脳での遺伝子発現解析
 

統合失調症罹患者の死後脳でのEGRファミリー遺伝子のメッセンジャーRNAの発現について、quantitative RT-PCR アッセイ法を用いて調べた。調査した脳部位は、統合失調症での機能異常が示唆されている背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex, DLPFC, Brodmann’s area 46)。その結果、統合失調症ではEGR1, EGR2, EGR3 遺伝子発現が有意に減少していることが確認された。PPP3CC 遺伝子発現は、統合失調症罹患者脳と対照者脳との間で差はみられない。また、EGR4についてはこの部位での発現量が少ないため、信頼できるデータが得られなかった。


図5
図5 EGR3遺伝子に存在する多型の遺伝学的検討とEGR3遺伝子多型の機能解析
 

関連シグナルおよび遺伝子発現の結果から、EGRファミリー遺伝子は有力な統合失調症関連候補遺伝子であると考えられ、特にEGR3遺伝子については、関連シグナルの強さと染色体上の位置から注目に値すると考えた。そこで、この領域のハプロタイプ解析(連鎖不平衡にある変異の組み合わせでの検討)を行い、危険因子および防御因子となるハプロタイプを決定した(図5A)。このIVS1+607A>Gおよびハプロタイプにおける関連シグナルは、他の1,140人の日本人統合失調症患者群−対照研究群でも確認できた。IVS1+607A>G 多型は、イントロン1に存在し、イントロン1はタンパクをコードしないにもかかわらずマウスからヒトまで非常によく塩基配列が保存されている。これは、イントロン1が機能的に重要であることを示唆している。よって、問題の多型が遺伝子発現にどのような影響を与えるかを調べるため、神経由来の細胞株を用いたルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、イントロン1領域にはエンハンサー活性があり、塩基としてグアニン(G)を持つ配列はアデニン(A)を持つ配列よりも高い転写活性を示した(図5B)。統合失調症では、対照群に比べてアデニン(A)を持つ人が多く、そのためEGR3遺伝子の発現が脳内で減弱していることが推察される。


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